うつわは食材やお酒と同じ存在。作り手の顔が見えることが大事
食とうつわを巡る旅としてスタートした「うつわ羇旅 UTSUWA KIRYO 」。
第二回目の うつわ たび は、うつわの使い手である料理人と会って、それぞれのうつわの考え方、うつわ選びを伺ってきました。
酒井商会は渋谷の喧騒から少し離れた場所にある和食割烹。2018年4月に開業し、店主の地元・九州の食材を使った和食と、食に合う厳選された自然派ワインや日本酒を提供している。来店者とスタッフの距離が近く、居心地の良い空間だ。
今回は、酒井商会代表の酒井英彰さんに、料理の存在感を引き立ててくれるうつわとの付き合い方を聞いた。聞き手は酒井さんと親交がある作家の本田直之さん。本田さんは寿司スクールに通ったことで料理への関心が高まり、うつわにも興味をもっている。
日本の料理界を牽引する料理人たち。食の世界に精通し、ご自身も鮨を学び始めた本田直之さんが聞き手となって、銘店のうつわ選びについて語って頂きました。
独立前から、将来のためにうつわを買い集めていた
本田:まずは、ひで(酒井さん)とうつわとの出会いについて、聞かせてください。
酒井:以前「並木橋なかむら」という店で修行していたときに、店で志野焼や信楽焼などのうつわを使っていて興味をもちました。自宅の近くにあるうつわを扱っているギャラリーに通うようになり、買える範囲で1つずつ集めながら少しずつ自分の好みがつくられていきました。
本田:店で使う用ではなく、自分用に買っていたの?
酒井:将来独立したら使いたいと思って集めていました。同じものを何客も買うことはないですが、バラバラでも自分の好みで集めていくとスタイルが生まれていくんです。僕はうつわ自体も好きですが、うつわを作っている人が好きです。骨董の場合は誰から買うかもとても大事。足繫く通うお店の店主とは3時間くらい話しこむこともあります。自分の知らないうつわの使い方を教えてもらえたりするんです。
本田:うつわの見た目だけでなく、誰がつくり、誰が選んだものなのかというストーリーが大事なんだね。
酒井:僕にとって、うつわは食材やお酒と同じなんですよね。食材やお酒は作り手の顔が見えるものを使いたいと思っているのと同じように、うつわに関わる人たちも大事にしています。
本田:料理人が、独立前からうつわを買い集めたりするのは知らなかったな。
酒井:うつわを大切にする人は多いですね。うちの系列の『SHIZEN』の國居(くにすえ)は、20歳から気に入ったうつわを5客ずつ集めていたそうです。今は1200点くらいもっていて、『SHIZEN』をはじめるときにはすべて自分のうつわを持ってきました。
本田:それはすごいね。うつわをいっぱい持っていることも飲食店としてのアピールになるよね。そこまで持っている人はなかなかいないし、お客さんも見に来る楽しみがありそう。
好きなギャラリーや作家の個展に足を運び、うつわを購入している
本田:自分の気に入ったうつわを揃えていくと、どんな変化があるの?
酒井:僕が「並木橋なかむら」で働きはじめた時は、うつわのことを何も知りませんでした。代表の中村悌二に料理を盛り付けて出したら「これじゃない」と言われたこともありましたが、何が違うかもわからなかったんです。
でも、うつわを自分で集めはじめてからは「この料理にはこのうつわが合う、このポーションだとこれかな」という感覚がわかりはじめました。料理とうつわは一心同体なので、うつわによって料理の格があがることもあります。お客様の層や店の単価が変わってくることもあると思いますね。
本田:店構えが料理や値段にも影響するのと同じだね。だけどうつわに気を配っていないお店もあったりするよね。
酒井:Instagramでうつわの写真を見たとき、名のあるうつわかはパッと見ではわからないんですけど、うつわと料理がフィットしているとおいしそうに見えます。うつわで店の格が出ることもありますよね。
本田:料理を出す側にとっても、適当なうつわより好みのうつわのほうが、より自信をもって出せたりもする?
酒井:やっぱり料理は見た目も大事だと思っています。見た目の格がお店の単価にも影響すると思うし、客層の変化にも関係しますよね。
本田:酒井商会は最初の頃と今では、客層が変わっていたりする?
酒井:最近は「ずっと来たかったんだけど」と言ってくださる新規のお客様が多くいらっしゃって、若い方や海外の方も増えています。若い方でも、うつわやお酒、食材のことをよくご存知の方が多いですね。そういった方とお話しすると僕もインスピレーションを感じて面白いです。海外の方は日本人より日本酒に詳しい方もいたりします。「教わりたい」という雰囲気で来られて、帰り際のご感想で逆に教えてもらうことが多いと感じますね。
本田:英語にも対応しているの?
酒井:スタッフみんなで勉強しながら対応していて、予約システムは英語にも対応しています。お客様の半分くらいが海外の方という日もあります。
本田:それはすごいね。ところで、うつわを選ぶときは自分の好みをもとにして「こういうものが欲しい」とオーダーするものなの?
酒井:料理人によっては形や大きさなどをオーダーする人もいるようですが、僕はギャラリーや個展に行って選ぶことが多いですね。
本田:好きな作家さんの?
酒井:都内だと毎週どこかしらで個展をやっているので、できるだけ顔を出しています。作家さんがその場にいれば、産地まで行かなくてもお話しできます。なじみのギャラリーは4つくらいありますが、初めてのギャラリーに行くことも多いですね。
本田:個展の情報はどうやって集めるの?
酒井:Instagramからの情報が多いです。気に入ったギャラリーをフォローしておくと個展の情報もわかります。有名な作家さんの個展をしているときは、伊勢丹や髙島屋などの百貨店に行くこともあります。
本田:おすすめされて買うこともあるの?
酒井:最近は自分の好みがはっきりしているので、おすすめで買うことはないんですけど、最初の頃はありましたね。
本田:好みはうつわの産地から入るの?
酒井:産地でも作家でもいいですし、骨董という選択肢もあります。まずは自分の好みや使いやすさを優先するのが良いんじゃないでしょうか。また、窯元さんのところに直接行くのが一番学びになります。どんな窯を使っているのか、どう作っているのか、焼いているのか、その違いがわかりますから。ただ、窯元の人は基礎知識は話さないので、多少知識を入れてから現地に行くのがいいと思います。
本田:知識がないと窯元さんにも失礼になってしまうよね。それにしても、うつわはどのくらいの価格帯を買えばいいのか悩みそうだね。ワインもはまりすぎると買いすぎて在庫ばかり溜まっていく(笑)。うつわも同じことになったりする?
酒井:僕はお店なので経費として購入しますけど、うつわも金額の幅がありますからね。僕はもっていませんが人間国宝が作ったうつわならとても高いですし。
本田:うつわの価格帯は、お店の客単価や一皿当たりの価格とバランスをとったりもする?
酒井:僕は価格とのバランスはあまり考えたことがないです。気に入ったものがあれば、あまり値段は気にせず買ってしまいます。税理士さんに相談しながらですが。
うつわを勉強するにはまず好みのギャラリーを見つけるのがおすすめ
本田:くわしくない人がうつわを集めたいと思ったとき、何を買ったらいいかわからないと思うんだよね。どう勉強したらいいんだろう?
酒井:自分が好きだと思ったうつわを買い集めることも、勉強になると思います。お金は多少かかりますが、買っていくと自分の好みの輪郭がはっきりしてきます。
まずは自分の好みに合うギャラリーを見つけるのがいいと思います。セレクトしている人のセンスが好みならさまざまな作家さんと出会えます。ギャラリーはだいたい同じくらいの価格帯のうつわを取り扱っているので予算が合うことも大事です。
本田:価格帯がわかっているといいね。飲食店はどのくらいの種類や数のうつわを揃えるの?
酒井:お店に来るお客様の単位で一番多い数がいいと思います。うちなら2〜3名のお客様が多く、4名テーブルがあるので4枚揃いがいいですね。ただ、うつわは伝統的に5客揃いだったりするので、4~5枚で買うことが多いです。種類で言えば、どの季節のどんな料理に使ううつわなのかをイメージして購入しています。
本田:イメージがないと買ってもしょうがないってこと?
酒井:「何を盛るかわからないけど、うつわを先に買う」という人もいますが、僕はちょっともったいないと思うんですよね。
本田:使わないで終わっちゃうってことだね。
酒井:うちの店はよく提供する料理やポーションが大体決まっているので、「次のメニュー変更のときに春巻を盛りたいな」という感じで、具体的なイメージのもとに選びます。お店のスタッフとも「次の料理はこのうつわにしよう」とよく話しますね。
本田:スタッフとも、うつわについて話すんだね。
酒井:新しくうつわを購入したときは、「どこの産地でどんな作家さんが作っているのか」という話は必ずします。店で扱っているうつわの作家さんが東京で個展があったときにお店に来てくれたり、スタッフが個展に行って自分や家族のために購入したりもします。
本田:いい店だね。スタッフも勉強になりそうだ。
酒井:うちの店はうつわの作家さんだけでなく、酒蔵や食材の生産者さんもよくお店に来てくださるんです。ほかのお店ではなかなか味わえない経験だと思います。
居酒屋やビストロなどの方は毎月少しずつでもうつわにお金を使い始めたら、いろいろな変化が起きるんじゃないかと思います。
お客様に出さなくなったうつわは厨房で活用することも
本田:こだわったうつわを使っていると、営業やオペレーションで困ることはある?
酒井:洗浄機はありますが、薄くて割れやすいうつわや漆器は手洗いです。形あるものはいつか壊れてしまうものですし、割れてしまったときは金継ぎをして使い続けています。
本田:そうすると、スタッフの人たちも気を遣って洗うようになる?
酒井:うちみたいにアラカルトが中心だと、さまざまな大きさのお皿入り混じって戻ってくるので洗う時は特に気を遣っています。
本田:うつわの好みは徐々に変わっていくと思うけど、使わなくなったうつわはどうしているの?
酒井:倉庫に置いています。料亭や日本料理店では季節によって使ううつわを変えているので、うつわ専用の倉庫があると聞きます。
お客様に出さなくなったうつわは、すだちや大葉などを入れて厨房で使うこともありますね。ほかには、揚げ物に片栗粉をつけるときにボールではなく、鉢のようなうつわを使うだけで印象が変わります。タッパーなどに食材を入れている居酒屋を見かけることがありますが、生活感が出てしまってもったいないなと思うことがありますね。
本田:カジュアルな印象になってしまうよね。
酒井:そうなんです。特に、オープンキッチンのお店は食材を入れるものにもこだわれるといいですよね。僕自身もいろいろなお店に食べに行きますが、コースのお店は厨房をきれいにしていると思います。
本田:オープンにしているなら、こだわらないとね。寿司屋でカウンターにサランラップが並んでいたりすると、大丈夫かなと思ってしまう。
酒井:うちでは、ラップはケースに入れていますね。
本田:中だけ入れ替えるんだね。最後に、ひで(酒井さん)が特に気に入っているうつわがあったら、見せてほしいな。
酒井:かっこよすぎるうつわはあまりなくて、ちょっと可愛いのが好きなんですよね。このうつわは九谷焼で、山本さんという女性の作家さんのものです。九谷焼は基本的には分業制なので、生地といわれるうつわの型を作る人が焼いて納品して、絵付けをするのは別の職人さんです。でも、山本さんはすべての工程を自分でやっているんですよ。このうつわには小さい天ぷらを盛ることが多いですが、ほかの料理も盛りやすくて使いやすいです。
本田:俺も最近寿司を習っているから、うつわを勉強したいと思っているんだよね。
酒井:お寿司なら、まずはつけ台があればよさそうですね。つまみも作る場合はうつわも必要です。まずは気に入ったお店のフィルターを通してうつわを見て、そこから自分のフィルターも重ねていくと、だんだんと自分の好みがわかっていくと思います。
本田:まずは自分で買ってみないとわからないね。今日はありがとう。
酒井商会
聞き手:本田直之さん
レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役
ハワイ、東京に拠点を構え、日米のベンチャー企業への投資育成事業を行いながら、年の5ヶ月をハワイ、3ヶ月を東京、2ヶ月を日本の地域、2ヶ月をヨーロッパを中心にオセアニア・アジア等の国々を旅し、仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送る。これまで訪れた国は62ヶ国220都市を超える。
毎日のように屋台・B級から三ツ星レストランまでの食を極め、著名シェフのコラボディナーDream Dusk、高級旅館での宿泊体験イベントInspire by Relux、東京都主催の江戸前進化論などのプロデュースも手がける。食べログ「グルメ著名人」の1人でもある。
著書にレバレッジシリーズをはじめ、「トップシェフが内緒で通う店150」、「なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか」、「オリジナリティ 全員に好かれることを目指す時代は終わった」「Hawaii's Best Restaurants」等があり、著書累計300万部を突破し、韓国・台湾・香港・中国・タイで翻訳版も発売。
日本寿司リーディングアカデミーおよび東京すしアカデミー卒業
サンダーバード国際経営大学院経営学修士(MBA)
明治大学商学部産業経営学科卒
(社)日本ソムリエ協会認定ソムリエ
アカデミー・デュ・ヴァン講師
明治大学・上智大学非常勤講師
The Japan Times Destination Restaurants 選考委員
撮影:村上洋平
取材:本田直之、うつわ御結
文 :久保 佳那